親鸞と法然

罪の蹟罪

人間は労働することにより罪を得る。だから人々は、寺社に結縁奉仕して罪の蹟罪をしなければならない、これが顕密仏教の教えでした。それに対して法然は、「あなた方には罪がない。皆さんは善人だ」と言い放ちました。あなた方は自分が罪深い、罪深いと考えているが、実際に何をしたというのか。親を殺したのか、仏を傷つけたのか、何もしていないではないか。謂れのない罪意識に悩む必要はない。そう述べて法然は、「かの三宝滅尽の時の念仏者、当時のわ御坊だちと比ぶれば、わ御坊たちは仏のごとし」と断じています。

民衆開放

末法万年後の人間と比べたならば、「当時のわ御坊」、要するに「今のあなた方」は仏のような存在だ、法然はそう語って不当な罪意識から民衆の心を解き放ったのです。仏教の民衆開放ではないのです。労働罪業説を否定することにより、謂れのない呪縛から、民衆の心を解放したのです。法然の思想には、もう一つの側面が存在します。親鸞会選択本願念仏説の樹立です。